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千葉地方裁判所 昭和61年(ワ)1472号 判決 1990年6月27日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一三一一万円及びこれに対する昭和五九年五月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (本件競売の経過)

(一) 原告は、千葉地方裁判所佐原支部昭和五七年(ケ)第六九号競売事件において、最低売却価格一一九二万五〇〇〇円と定められた別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を競落し、その所有権を取得した。右手続の経過は次のとおりであった。

(1) 昭和五七年一一月九日 不動産競売開始決定

(2) 同年一二月一三日 不動産評価書提出

(3) 昭和五八年二月一二日 現況調査報告書提出

(4) 同年五月六日 物件明細書作成

(5) 昭和五九年三月一六日 原告入札(入札価格一三一一万円)

(6) 同年四月六日 売却許可決定

(7) 同年五月四日 原告売却代金納付

(二) 衣斐利一は、国家公務員たる千葉地方裁判所佐原支部の執行官であるが、その職務として、右競売事件につき、昭和五八年一月二一日、本件土地の立入調査及び聴取調査を、同月二二日、本件土地の公図等の閲覧並びに佐原市農業委員会における凹地の調査及び土地宝典図、動態図の閲覧をなし、同年二月一二日、現況調査報告書を作成提出した。

右現況調査報告書には、「現況調査の結果」の欄に、「(1)該物件地目山林の現況は、橋替団地に隣接した傾斜地とこれにつながる高低差約一五メートル下の凹地の一部が含まれると思われるが境界柱等はなく判明しない。境界線は長く西部の傾斜地は雑木林であるが、中央部の傾斜地は樹木が存在せず、すすき等に覆われて原野化されており、また、凹地の一部には杉、松の苗木が植樹されている(注、この部分が該物件に含まれるかどうかは不明)外はすすき等に覆われ荒れ果てていて、該物件は全体に亘りこのような状態で放置されている。占有関係については、現況からみて所有者以外の者が占有している事実は全く認められない。(2)該物件の確認に当たっては、該物件と隣接する山口宅(三一-七)の主人及び団地内の大坂宅(一五-一〇五)の表札等により確認した。(3)所有者らとの連絡がつかないので聴取りはなし得ないが、事実上の占有者は存在しない。(4)執行官の意見 該物件の現況等により他に占有権者はないと思料する。」との記載があり、右現況調査報告書には、地積欄に四七七〇・〇〇平方メートルとの記載がある物件目録、本件土地部分を着色した位置図、見取図及び公図写し並びに現況写真三枚(傾斜地及びこれに続く平坦地を撮影)が添付されている。

(三) 金井佑次は、右競売事件の評価人であり、本件土地につき、昭和五七年一二月八日、不動産評価書を作成・提出したが、右評価書中には本件土地ないし本件土地に含まれる凹地の説明として「中央部は杉の幼樹が植林されており」との記載があったところ、昭和五八年二月一二日佐原支部書記官和泉榮一より、「本件現況調査報告書によると、本件物件はそのほとんどが法地部分で、鑑定書記載の『中央部は杉の幼樹が植林されており』の部分は誤りではないか?再調査願いたい。」旨の照会があったため、再調査を行い、約一週間後、本件土地を大部分を傾斜地として(評価面積は従前どおり公簿面積とする。)再評価を行い、右評価に基づき評価書の差替えを行った。

(四) 執行裁判所は、右現況調査報告書及び不動産評価書に基づき物件明細書を作成し、物件明細書並びに現況調査報告書及び不動産評価書の各写しを一般の閲覧に供し、最低売却価額を評価額として売却実施命令を出した。

(五) 原告は、右現況調査報告書、不動産評価書の各写し及び物件明細書を閲覧し、昭和五九年三月八日及び同月一五日に本件土地を見分したうえ、本件土地の地積は四七七〇・〇〇平方メートルであること、本件土地の形状は現況調査報告書等に添付されている公図上の表示のとおりであること、本件土地は傾斜地のほかこれに続く広い凹地部分を含んでいること等を信じて入札、代金納付を行った。

(六) 本件土地の実測面積は二〇九八平方メートルで、県有地(佐原市玉造字萩ノ作一五番二)によって二分されている。本件土地のほとんどは崖地で、原告が本件土地に含まれると考えた凹地(同四二番、四三番)は本件土地に含まれていない。本件土地の一部(同一五番一〇〇と本件土地の境界付近)は道路となっており、したがって、占有者が存在する。

(七) 原告が、代金納付後である昭和六〇年九月ころ、右(六)の事実に気が付き、執行裁判所に抗議に行ったところ、同裁判所書記官は執行手続上の救済手段を何ら説明せず、国家賠償ができる旨の説明しかしなかった。

2  (執行官の過失)

衣斐利一は、執行官として、不動産競売事件において、民事執行法上、対象となっている不動産の現況調査を行い、競売物件の形状範囲を正確に特定すべき義務があるのに、それを左のとおり怠り現況調査報告書を作成した過失がある。

(一) 現況調査において、本件土地の境界、特に凹地が本件土地に含まれるか否かにつき、「山口宅の主人」以外の近隣者、債権者、債務者の財産管理人等からの事情聴取を行わず、また、現地見分を一度しかせずに、本件土地中に凹地の少なくとも一部が含まれると考え、「凹地の一部には杉、松の幼樹が植樹」と、あたかも植樹されてない凹地は本件土地に含まれるとの解釈可能な記載のある現況調査報告書を作成した。

(二) 仮に、凹地は本件土地に含まれず本件土地の境界が法下部分と考えたとすれば、公図に比べ本件土地の巾は著しく狭くなるのであるから、実測面積は公簿面積より著しく少ないことは容易に知り得たのに、漫然と公簿面積を本件土地の面積として表示した。

(三) 本件土地が県有地によって分断されていることは県に問い合わせることで容易に判明したのにそれを怠った。

(四) 本件土地の一部が道路となっていることを見過ごし、現況調査報告書に占有者はいない旨の記載をした。

3  (執行裁判所の過失)

(一) 執行裁判所は物件明細書作成閲覧に当たっては、現況調査報告書及び評価書を参考にし、これらに不明の箇所があれば、関係人を審尋して事実関係・権利関係を確定すべき義務がある。しかるに、執行官作成の現況調査報告書は、本件土地の範囲について、請求原因2(一)及び(二)のとおり記載上極めて曖昧不正確であり、かつ、境界は不明確である旨の記載もあること、評価人の再評価の根拠が不十分であること及び評価人についても請求原因2(二)記載の事実があることからして評価人の調査等は不十分であったことに照らせば、執行裁判所は、関係者の審尋等本件土地の事実関係・権利関係を明確にする義務を怠り、前記曖昧な記載のある現況調査報告書、不動産評価書等に基づき実測面積より過大な公簿面積を記載した物件明細書を作成し、それらを一般の閲覧に供した過失がある。

(二) 執行手続上、権利関係・事実関係につき齟齬があったため損害が生じた場合、特段の事実がない限り、民事執行法に定める救済手続による救済を求めることを怠ったため生じた損害については、国に救済を求めることができないとしても、本件においては、前記(一)記載の事実に加えて、執行裁判所自身、評価人金井佑次に対し、本件土地の範囲に関する現況調査報告書との齟齬を理由に再評価を求めていること、評価書の差替えは、以前に「中央部に杉の幼樹が植林され」との記載があった以上、評価書の事実関係をより曖昧にし、形式上、現況調査報告書との齟齬を無くしたにすぎないこと、請求原因1(七)の事実があることからして、右特別の事情が存在したというべきである。

4  損害

原告は、執行官及び執行裁判所の右の過失により前記1(五)のとおり誤信し、本件土地を買い受けたものであるから、右買受代金一三一一万円が原告の被った損害であり、被告は国家賠償法一条一項に基づきその賠償をなすべき責任がある。

5  よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求として金一三一一万円及び不法行為時である昭和五九年五月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1(一)ないし(四)は認める。同(五)は不知。同(六)中本件土地のほとんどは傾斜地であることは認め、その余は否認する。同(七)は不知。

2  請求原因2(一)中原告主張の者に対する事情聴取を行わなかったこと、現況調査報告書に(注・・この部分が該物件に含まれるかどうかは不明である。)旨の記載があること、同(三)中問い合わせはしなかったこと、同(四)中原告主張の記載があることは認め、過失の存在は争う。本件において、執行官は現地見分、公図、土地宝典図、動態図の閲覧及び近隣者からの聴取等調査を尽くした結果、現況調査報告書を作成しており、執行官は本件土地に凹地が含まれると判断してその旨の記載をなしたものではない。また、執行官には、いかなる場合にも当該物件の範囲を明確にしなければならない義務まで課せられておらず、現況調査を尽くしてもなおかつ該物件の境界が不明確であればその旨を記載すれば足りるのであって、本件においても執行官はその旨の記載をしている。よって、執行官の行為にその職務上の注意義務に違反した違法、過失があったとはいえない。

3  請求原因3(一)中、審尋を行わなかったこと及び現況調査報告書に(注・・この部分が該物件に含まれるかどうかは不明である。)旨の記載があることは認め、その余は否認、過失の存在は争う。同(二)中、執行裁判所が評価人に対し再評価を求めたことは認め、原告に対し執行裁判所が救済措置の教示をしなかったことは不知、その余は否認ないし争う。

本件においては、現況調査報告書及び差替え後の不動産評価書の間に齟齬はなく、右不動産評価書の差し替えは、本件土地が崖地であるとして再評価した結果行われたもので、事実関係を曖昧にしたものではない。また、物件明細書中の「不動産の表示」は現況を表示する必要がないから、執行裁判所が物件明細書中で「不動産の表示」の一環たる地積に公簿面積を記載したことは何ら違法ではない。

民事執行法は、執行裁判所の執行処分が実体の事実関係ないし権利関係と適合しない場合につき、同法に定める救済の手続により是正されることを予定している。したがって、執行裁判所みずからその処分を是正すべき場合等特別の事情がある場合は格別、そうでない場合には権利者ないし利害関係を有する者が右の手続による救済を求めることを怠ったため損害が発生してもその賠償を国に対して請求することはできないものである。本件において、現況調査報告書等の記載と現況とに齟齬があったのならば、原告は、執行法の手続に従い、最終的には売却許可決定に対する執行抗告の申立てにより損害の発生を防止すべきであり、これを怠った原告としては債務者(所有者)に対する担保責任を追及することは格別、もはや国に対してこれによって被った損害の賠償を求めることは許されないというべきである。

4  請求原因4は争う。原告の被ったと主張する損害は、原告が土地の買受人として当然尽くすべき調査義務を怠ったことが原因であって、執行官及び執行裁判所の行為との間には因果関係を欠くものである。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因について

1  請求原因1(一)ないし(四)は当事者間に争いがない。

2  原告本人尋問の結果によれば、請求原因1(五)の各事実が認められる。

3  請求原因1(六)中本件土地の殆どが傾斜地ないし崖地であることは当事者間に争いがない。<証拠>によれば、原告が本件土地の形状、面積、位置関係等を調査したところによると、本件土地はそのほぼ中央部分に県有地(佐原市玉造字萩ノ作一五番二山林一八八平方メートル)が存在し、それによって二分されていること、その実測面積が二〇九八平方メートルであること、原告が本件土地に含まれると考えた凹地は佐原市玉造字萩ノ作四二番の土地で、本件土地に含まれていないこと、本件土地の西側(傾斜地の西端部)の一部が道路敷となっていることが判明したことが認められる。

4  そこで、請求原因2(執行官の過失)について検討するに、同(一)ないし(四)中、執行官が「山口宅の主人」以外の近隣者、債権者、債務者の財産管理人等からの事情聴取を行わなかったこと、現況調査報告書に原告主張のとおりの記載を行ったこと、県有地につき県に問い合わせをしなかったことについては、当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、

(一)  本件土地は、南北に細長い崖地状の土地(東側から西側に向けて高くなる。)で、西側の崖地の上端部はほぼ全面が道路に接しており(その道路の西側が広く橋替団地を構成している。)、したがって、本件土地は、右路肩から東側に崖状になった法面部分であり、本件土地の北側の隣接地は右法面部分の下の土地で現に耕作されている水田ないし畑になっており、本件土地の南側の隣接地は右法面部分の上の西側道路とほぼ水平の宅地になっていること。本件土地の検証時(昭和六三年九月三〇日)の状態は雑草が深く茂った荒れ地であり、その東側に北から順に平坦地である佐原市玉造字萩ノ作四一番一(杉等の雑木林がある。)、同一五番二(貯水槽が存在し、その東側が雑草地で同四一番四に続く。)、同四一番三(杉が植林されている。)及び同四二番(雑草地であり、その東側に同四三番の土地がある。)が続いていること。しかしながら、右の各土地との境界には、同一五番二付近に雑草に覆われた鉄板の土留棚がある以外は、境界線を表示する境界石等の事物・特徴はないこと。

(二)  執行官は、昭和五八年一月二一日の立入調査の際、本件土地から畑地・水田地を挾み数百メートル北に所在する山口宅の主人により物件所在地につき、聴取調査を行ったほか、他の近隣宅五、六軒に事情聴取を試みたが全戸不在のため、遂げ得なかったこと。

(三)  右同日の調査の際、物件の所在形状を明確にするため、対象物件以外の付近の鉄塔、凹地を入れて現況写真を撮影したこと。

(四)  執行官は、本件土地の東側の境界を調べるため、案内図(<証拠>)、公図(<証拠>)、前記山口宅の主人の説明、周囲の状況等からみて、傾斜地である本件土地が東側の凹地に続く部分で、若干盛り上がった、幅三メートル程の部分までが本件土地であるとほぼ見当をつけ、その付近を調査したが、境界を示すものが見付からず、境界を確認し得なかったこと。

(五)  翌二二日、本件土地の範囲を調べるため、法務局で公図を、佐原市役所税務課で動態図を、佐原市農業委員会で土地宝典図を各閲覧したが、本件土地の境界、特に前記の盛り上がった部分が含まれるか否かは不明のまま終わったこと。

(六)  県有地である佐原市玉造字萩ノ作一五番二には、貯水槽が存するが、立入調査時は、雑草等のため見えず、執行官は気付かなかったこと。

(七)  現況調査当時の本件土地の所有者大益産業株式会社は倒産し、その代表者に事情聴取ができない状態にあったこと。

(八)  執行官は、右の調査を基礎に、本件土地の特に東側の境界は確定し得ないとの認識の下に、請求原因1(二)のとおりの現況調査報告書を作成し、同報告書の現況調査の結果欄1中に「該物件地目山林の現況は、橋替団地に隣接した傾斜地とこれにつながる高低差約一五メートル以下の凹地の一部が含まれると思われるが、境界等はなく判明しない。」と記載したこと。

以上の事実が認められる。

そこで、執行官の過失の存否について検討するに、現況調査において、執行官は、対象物件の所在・範囲をできる限り正確に特定する職務上の義務があるというべきであるが、その義務の程度は迅速かつ経済的な民事執行の要請と、適切な売却価格決定のための基礎資料収集及び競売参加者への情報提供という現況調査制度の目的を考慮し、具体的事案に応じ決定さるべきであるところ、本件土地は雑草地であり東側の境界を定めるのが困難な土地であったこと、公図の現地復元はもともと困難なものであり、特に本件土地のような傾斜地についてはその復元には問題があり、それに代わるものが存在しないことに照らせば、前記のとおり認められる執行官の調査は十分にその義務を尽くしたものと解するのが相当であり、右調査を基礎に作成された現況調査報告書の記載についても、原告主張(事実欄、2執行官の過失(一))のとおり二義的に解釈され得る点がないわけではないが(例えば、本件土地に傾斜地の下の凹部の一部が含まれる旨の記載は、添付の現況写真に凹部の殆どを入れて撮影していることを併せると、凹部のかなりの部分が含まれているように誤解される不正確な記載である。)、しかしながら、報告書中でも本件土地の範囲が判明していないことは明記されており、かつ、現況調査そのものが対象物件の実測面積の測定、隣地との境界確定まで実施することを義務付けていないことからすれば、右の点が存することを以て現況調査報告書作成につき職務上の義務違反を認めることはできない。

もっとも、公図や現地を一見して、本件土地の形状、公簿面積に疑問を抱かせる場合には、簡易な測量をしてみるなどして、現況調査報告書にその旨を記載して競売参加者に正確な情報提供をするような配慮を工夫すべきであるというべきであるが、本件において原告が指摘する如く執行官は、公図から本件土地の実測面積が公簿面積より著しく少ないことが容易に知り得た、県に問い合わせることによって本件土地が県有地によって分断されていることを容易に判明し得た、本件土地の一部が道路になっていることを見過したといえるかについては、本件土地の公図(<証拠>)や現地の検証の結果を併せて検討するに、本件土地が南北に細長い崖地状の土地であって、これを平面図に投影することは専門的な技術を要し、これを執行官に期待することは無理であるし、公簿面積が千平方メートルを越すような本件土地を、しかも崖地状の土地を一見してその公簿面積に疑問を持つことは困難なことであったと考えるのが相当であること、公図上では本件土地の中央部に県有地の佐原市玉造字萩ノ作一五番が入り込んだ記載になっているが、原告の調査の如く右県有地によって本件土地が分断されていることを容易に知り得たとはいい難いし、また、公図上の地形からして県に問い合わせなければならないほどに疑問を生じさせるものでないと考えるのが相当であること、また、現地の形状からして、本件土地の西端部の一部が道路になっていると推測することは無理であることからいって、原告が指摘する前記の点を肯定することはできない。

よって、この点に関する原告の主張は採用できない。

5  次に請求原因3(執行裁判所の過失)について検討するに、不動産強制競売事件における執行裁判所の処分は、債権者の主張、登記簿の記載その他記録にあらわれた権利関係の外形に依拠して行われるものであり、その結果関係人間の実体的権利関係との不適合が生じることがあり得るが、これについては執行手続の性質上、民事執行法に定める救済の手続により是正されることが予定されているものである。したがって、執行裁判所みずからその処分を是正すべき場合等特別の事情がある場合は格別そうでない場合には権利者が右手続による救済を求めることを怠ったため損害が発生してもその賠償を国に対して請求することはできないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五七年二月二三日第三小法廷判決民集三六巻二号一五四頁)。

そこで、本件について特別事情をみると、<証拠>によれば、本件競売事件の評価人金井佑次は、昭和五七年一二月八日、本件土地に平坦地(佐原市玉造字萩ノ作四二番、同四一番三)が半分ぐらい含まれるものとの認識の下に、本件土地を宅地見込地としての標準画地を一平方メートルあたり一万円、総額四〇〇〇万円と評価する不動産評価書を執行裁判所に提出したこと、裁判所書記官和泉榮一は、昭和五八年二月一二日、評価人に対し、現況調査報告書中「凹地の一部には杉松の苗木(約一・五メートル程)が植樹されている(注、この部分が該物件に含まれるか否かは不明)」の「凹地」と、不動産評価書中「中央部は杉の幼樹が植林されており」の「中央部」が同一場所かどうかを照会したこと、右照会を受けた評価人は再調査を行い、その結果、本件土地の九五パーセントは傾斜地であるとの結論に達し、崖地補正を最大補正率の七〇パーセントを加えて本件土地の総額一一九二万五〇〇〇円とする再評価を行い、それに沿うよう先に提出した不動産評価書の表紙・地図以外の部分の差替えを行なったこと、差替後の不動産評価書には、「対象地(本件土地)の評価面積は公簿面積としたこと、対象地の概要として、対象地は橋替団地に隣接し、約一〇メートルぐらいの高低差のある傾斜地であり、一部平坦であること、幅員三・六メートル道路に一部接面していること、対象地の利用状況として、対象地は全体的には山林であり、北西部は雑木林であり、法地部分は原野状になっていること、現在は空き地になっており、所有者が占有しているものと思われる。」との記載がしてあることが認められるのであるから(執行裁判所が評価人に現況調査報告書との齟齬を理由に対象地の再評価を求めたことは当事者間に争いがない。)、執行裁判所としては、現況調査報告書と不動産評価書とが齟齬すると思われる点を指摘して対象地の再調査を指示していること、右不動産評価について、崖地の最大補正率を用いて最低基準の評価がされていること、その他差替え後の不動産評価書と現況調査報告書の間の齟齬矛盾、右評価書の記載自体から看取される明白な誤り等は認められないこと、原告本人尋問の結果によれば、原告は執行法上の救済手続を採っていないことが認められることを総合すれば、執行裁判所においてその処分を是正すべき特別の事情は認め得ない。

二  結び

以上のとおりであるから、原告の請求はその余の点につき判断するまでもなくいずれも理由がない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上村多平 裁判官 高橋隆一 裁判官 副島史子)

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